制作: 2023年
会場: Gallery HAM (愛知)
世界人権宣言の広報に使われたポスターと、条文に30回使われる「everyone」という主語(呼びかけ)の言葉、そして卵をモチーフとし、三つの作品によるインスタレーション作品を構成した。
everyoneとeveryone 木材、卵テンペラ、ポリエステルフィルム、ステンレスパイプ – 当時のポスターと同じ寸法の板と卵テンペラの塗布された透明フィルムがずりさがるように組み合わされる。板とフィルムは、30個の「everyone」の文字がくり抜かれている。
水平の声 卵テンペラ、紙、ボード、フレーム – ギャラリー中央に配置された「everyoneとeveryone」のフィルムをステンシルにして、「everyone」に満たない言葉の断片が付着している。9枚の絵の高さは、中央に立った観客の耳の高さに統一されている。
three in one(食料、抗議、画材) 」 卵の殻、アクリル絵具 – 床に置かれた卵の殻には穴が空いており、中には細かく砕かれた卵二つ分の殻が入っている。一つの殻を見るとき、三つの殻を見ていることになる。
制作: 2021年
展覧会: RAM PRACTICE 2021
白く凹凸のある粘土板の絵画と、その絵画に射す自然光の角度を調節できる仮設の壁。同じ空間に流れる映像では、絵画の凹凸が枝によって刻まれていく過程と、戦中戦後にハンセン病患者が生きるために枝を「盗む」ことが厳しく罰せられていた歴史とが、平行して語られる。最後は、若葉のような緑色の炎が枝に灯り、静かに燃え続けながら終わる。
<ステートメント>国立ハンセン病療養所の一つである多磨全生園は、東京の東村山市にある。当時、東京郊外の辺鄙で木々に覆われていたこの地区は、隔離施設を作るには「うってつけ」で、入所者自らが開墾して村を作りあげた。そして、戦争でほとんどの木が伐採されて更地にされ、それを幾度もの緑化計画のもと、植樹によって森を再生させたのが今の姿である。物資の不足した戦後、生きるために枝を「盗伐」したことについて、いろいろな人が手記を残していることを知った。今の森で、私は枝を拾い、アトリエに持ち帰ることから作品は始まる。
写真資料提供 : 国立ハンセン病資料館
参考文献 : 多磨全生園患者自治会『倶会一処』、芳葉郁郎「落葉挽歌」(『多磨』1970年11月)、国本衛『生きて、ふたたび 隔離55年――ハンセン病者半生の軌跡』、松木信『生まれたのは何のために ハンセン病者の手記』、津田せつ子『随筆集 曼珠沙華』、柴田隆行『多磨全生園・<ふるさと>の森』(社評論社)、同氏のHP上「森の年表」「随想・記録・論」
映像撮影 : 早川純一、 展示風景撮影 : 大塚敬太(1,2,4,5)
▼Video Capture
制作: 2019年
「少々難あり」とタグ付きで売られていた布、シミ、白と黒の布を手洗いする映像、テーブル、写真、朱肉、など
アーティストトーク 大和由佳 × 山重徹夫(Viento Art Galleryディレクター)
photo: Ujin Matsuo
制作: 2018年
展覧会: 共同体のジレンマ/旧門谷小学校(愛知)
素材: 声、ぶどうジュースの入ったグラス、テキスト(Universal Declaration of the Human Rights: UNITED NATIONS/和文:外務省)、ガラス、椅子
第二次世界大戦が終わり、1948年に世界人権宣言*が採択された。
その時、生き残っていた全てのひとたちは、その宣言が呼びかける共同体に含まれた。その後、生まれてくるすべてのひとは、時に、名付けられるよりも早く、その共同体に含まれていく。
「All human being」から始まる全30条の中で、「everyone」は何度も繰り返される。格式高く面白みはないその宣言は、その執拗さや厳格さが網の目をつくる。そこをすり抜けて、ふたたび悲劇が繰り返されないように、その網の目から誰かが落ちてしまわないように、本当にすべてのひとを「包括」することを目指し、「everyone」を重ねる。
ひとが声を発するとき、その声のままを絶対に聞けないのは自分自身であり、なにかを飲み込むときにも、それを自分は見届けることもできない。
そうした把握の空白が身体には多くある。
「everyone」がかつて一度も達成されたことがないことを知っている。それは、机上のものである、言葉だけのものであるとも言えるだろう。しかし、どんな言葉でもそれが喉を通るとき、その空白部分から、投げられる網があることについて、考えてみたいと思う。
*世界人権宣言
第二次大戦後、人類史上初めて全世界すべての人々の人権を守ることを公的に目指し、1948年の12月、国連総会で採択された宣言。
人権侵害を各国の国内問題として放置することが虐殺や戦争につながったという反省から、人権委員会で議論が重ねられ、起草された。
この宣言には法的強制力はないが、「すべての人民とすべての国とが達成すべき共通の規準として」多くの条約や各国の憲法などに、その精神が生かされることになる。
日本は、主権を回復したサンフランシスコ講和条約締結の際に、その前文で、世界人権宣言の実現に向けた努力を宣言している。
制作: 2018年
素材: 杖、草、布、綿紐、ハサミ、ワイヤーなど
会場: Gallery HAM (愛知)
個展「軸/杖/茎」初日にパフォーマンスを行い、インスタレーション作品を完成させた。
制作: 2018年
カーテン、パステルなど
会場は取り壊しの決まった市庁舎。その裏手に二本の金木犀が生えており、展示中に最後のオレンジの花を咲かせていた。部屋の開け放たれた窓からは、花の香りが流れ、オレンジ色のパステルが床に立っている。
制作: 2013、2014年
生物図鑑15「杖、新しい小径」乙庭ギャラリー(群馬)、2013年、撮影: 早川純一
「柄、杖、新しい小径」同時代ギャラリー(京都)、2014年、撮影: 表恒匡